ヨーロッパやアメリカのクラッシックなホテルに泊まると、ベッドの足元に大きな木箱が置いてあります。
ペンキが塗られ、ハンドペイントの絵やステンシルが施されていて、予備の毛布やベッドカバーが入っていることが多いようです。ちょっと腰を掛けたり、バッグを置いたりと、結構便利な箱です。
以前、お城のような古いホテルに泊まった時のことです。
天蓋付きの高いベッドで、背の低い私は、一泊目は何とかよじ登るようにして、ベッドに入りましたが、二日目からは、この箱を踏み台替りにして、ベッドに入ったのでした。
この箱は、チェストが出来る以前の、衣類の収納箱でした。
時には、上部にキャンドルを横に寝かせて仕舞っておくためのキャンドルボックスが残っているものが時々みられます。キャンドルが防虫剤の役目をしていた頃の物です。
キャンドルは立てて保存しておくと、気温が高くなると曲がってしまうため、寝かせるか、吊り下げて保存しておいたのです。
現在アンティークショップで見かける木箱の多くは、ペイントを剥がし、ワックスをかけて、きれいな飴色になったオールドパインがほとんどです。
現在でも収納兼ベンチとして、とても使い勝手の良い物ですが、私は山小屋でコーヒーテーブル替りに、ソファの前に置いてあります。ガラス屋さんで、蓋のサイズに合わせてガラスを切って、角を危なくないように処理をしてもらって、箱の上にのせて使っています。
飲み物をこぼしてもすぐにふけるし、高さがソファにあっていて使い勝手がよく、私の暮らしの中の大事なアンティーク家具の一つです。

デポー39が少しだけ他のアンティークショップと違っていたところとして胸を晴れることに、アンティークに一手間加えてオリジナリティのあるものを、沢山作っていたことでしょうか。
例えば、このボビン(糸巻き)のランプ。そのほかにも子供の靴の木型で、チャーミングな壁付けランプを作ったり、今でこそ良く見られるようになりましたが、アメリカの子供服を模したポットホルダーや、レースの小さなボンネットを額に入れたり...。
古いフックを古材に取り付けてコート掛けを作ったのも、多分デポー39が最初だと思います。買い付けをしているとき、こういうアイデアが次々と頭に浮かんできた時期があります。
今思っても良くあれだけのアイデアが出たものだと自分でも感心してしまいます。

右の写真は、アメリカの古い紡績工場の閉鎖に伴い、使わなくなったボビンが大量にアンティークショップに流れてきたものです。今から30年以上前のことです。
その頃日本には卓上ランプの種類が少なく〔これは今でもそうだと思います...〕、始めてこのボビンを見たとき、すぐにランプを作ったらとひらめきました。
幸い器用な男性を知っていて、彼に説明したところ、数種の金具があれば出来るとのこと。
当時商売に未熟だった私は、金具を一から作ることが、どれほどお金がかかることかを知らないままに、「Go」サインを出してしまいました。同時に靴の木型のランプ用の金具も。
金具って、10 個作るのも 100 個作るのも、それ程値段は変わりません(元になる金型を作るのにお金がかかるのです)。しかも両方あわせると必要な金具は 5 種類。
無知の恐ろしさ」としか言いようが無いくらい無謀でしたね。
でも、幸いなことにこのランプ 2 種は、デポー39 のロングセラーになりました。
閉店までの 20 年間で何回金具の再発注をしたことでしょう。最初にかかった大きな金額の金型代は当然回収できました。
デポー39を閉めてから、どこかのアンティークショップで同じようなものを作らないかと期待していたのですが、私の知る限りでは、どこもやっていないようです。
やはり最初にかかるお金の大きさに、皆さん二の足を踏むようです。
でもその気持ちも解ります。色々な商売の仕組みがわかるようになった今だったら、私でもちょっと怖いと思うかもしれません。
古びたペンキの色合いがなんとも味わい深く、シンプルなのに存在感のあるランプです。
何度も何度も塗りなおして、ぽってりと厚みの出たペイント物に、心惹かれます。
イギリスの古い小さなB&Bに泊まって、窓を開けようとしてもペンキで固まってしまって開かないなんて経験はありませんか。窓枠も厚いペンキで丸みがでています。
気をつけて剥げ落ちた部分を見ると、過去のペイントの色が何層にもなっていて、まるでマーブルチョコレートのよう。
ペンキには「つや」有りと「つや」無しがあります。古い「つや」有りペンキが塗られた家具や椅子の魅力を認めつつも、日本の人は、何故か新たに塗るときは「つや」無しペンキを選ぶことが多いようです。
「つや」という言葉が、どこかてらてらしたイメージを喚起してしまうのでしょうか。
八ヶ岳の麓に山小屋を作って十数年。この間一度だけペンキを全て塗りなおしました。勿論「つや」有りで。でも、2度の塗りなおしでは、私の好きな「ぽってり」感は、まだ出ません。
あと何回塗りなおせば、イギリスの古い家のような風情になるのでしょう。
この鏡の枠も、「つや」ありペンキで数回塗りなおしたあとがあります。歳月がよい具合に「つや」を消していて、なんともいえない魅力があります。
白い陶器の肌合いが見事なこの植木鉢カバー。
本当はなんなのかアンティークファンだったらご存知ですよね。
トイレがまだ家の中に無かった1700 年代初期の頃の、イギリスの「おまる」です。
夜になると、座面が丸くくりぬかれた椅子の下にこれがセットされ、必要があればここで用を足す。子供のトイレトレーニングのときなどに、これの現代版がみられますね。
20 年以上前のこと。イギリスのアンティーク屋で、写真のものに似た白のチャンバーポットに、紫色の蘭の花が植えられているのを目にしたとき、あまりのそのバランスの美しさに、肌があわ立つ思いをしたことがあります。その場で、店にあったチャンバーポットを全て買い取り、植物をバランスよく植えて、店で売り始めました。
皆さん「素敵!」と手に取ります。
でも、これは昔のおまるでね...と私が説明を始めると、殆どの方が嫌そうな顔をして、手を離してしまいました。仕方が無いことです、外国の誰が使ったかわからないトイレなんて、日本の方に受け入れられわけがありません。
でもその頃から、イギリスの雑誌「カントリーリビング」に、植木鉢カバーとして、よく登場し始め、アンティーク好きの「勇気」のある方に、認めていただけるようになったのです。
こんなことがありました。
店でチャンバーポットを売り始めてすぐの頃、植物を植えてダイニングテーブルの上に飾っていたところ、アメリカ人の女性が私に向かって「貴方はこれが元々なんだったか知っているのか?」と、厳しい顔で詰め寄ってきました。
当時私も英語に不自由していなかったので、「I know ! It's chamber pot. So what?」とやり返したことがあります。若くて血気盛んな頃の懐かしい思い出です。
実は私はこれを三つ持っています。アイビーやおりづる蘭など、どうということのない観葉植物の鉢カバーにすると、風格が出てくるような気がするのです。気持ち悪いと思う方もまだまだ沢山いると思いますが、私が好きなアンティークの一つです。
食物や薬の容器に、ガラスが使用される以前は、容器類の材質は陶器が殆どでした。
例えば、皆さんおなじみのストーンウエアのマーマレードジャーやバイロールボトルなど。
その殆どは、イギリス北東部のNew Casstle地方から出たものです。この地域は、ストーンウエアに必要な良質の白粘土が掘り出される地域で、ウェッジウッドを初め、多くの陶磁器工場が集まっている場所として、今も陶器の町として知られています。
このミートパテ用の容器もニューキャッスル地方で大量に生産されたものです。
ごみの収集システムが無かった昔は、上記のマーマレードジャーなどと同じように、中身を食べてしまった後は、それぞれの人が庭や畑の隅に穴を掘り、そこに投げ捨てていました。
以前も書きましたが、この白地の陶器の肌に、黒一色のシンプルなロゴマークの美しさを、ミセスアンリン・ガードが思い出し、地中から掘り起こし、綺麗に洗って店で売り始めたのがきっかけで、現在こうして私たちの目に触れるようになったのです。
サイズが小さく、大量生産品なので数も多くで廻り、現在でも値段が比較的安く、日本人にはなじみやすいものです。
ピアスや指輪などを入れておくのに便利で、私も毎日のように使っています。
1940 年頃のアメリカの砂糖入れです。
デプレッションガラスとよばれる美しいガラス類が大量に作られた時代のもので、透明感のある緑色があざやかです。
中央部分には「SUGAR」という文字が、縦書きで紙に印刷されて貼り付けてありました。私がデポー39 を始めて間もなくの頃、カリフォルニア・オレンジカウンティの大きなアンティークモールで見つけたものです。
ずいぶん前のことですがよく覚えているのは、英語なのに文字が縦に印刷されていて、それがなんとも不思議な気分にさせられたからです。使っているうちに、その紙が少しずつはがれてしまい、当時はこんな文章を書くとは思っていなかったので、あるとき邪魔だからとはがしてしまったのです。
皆さんにお見せするために、そのままとっておけばよかったと、今少し反省しています。
これを買った頃は、日本にはこの手のものを扱うアンティーク屋は殆ど無く、アメリカでも値段が安くて、見るもの全てが私にとって新鮮で、とても興奮したのを覚えています。
それから数年後、ファイヤーキングに人気が出て、それにつられてデプレッションガラス全般が、日本人の間でブームになってしまいました。
今では数も少なくなり、値段も「目の玉が飛び出るような」金額になっています。
これは私の台所の棚です。隣に並んでいるのは、全てインスタントコーヒーの空き瓶です。
アンティーク屋を 20 年もやってきたのに、自分が使っているのは、コーヒーの空き瓶! 少し情けない気もするのですが、店をやっていた頃は、自分用に買うことが殆どなかったので、気がつけばこんな有様です。
でも一方で、個人の所有欲が無かったから、ビジネスとしては、最後までキチンと出来たのかな~という、かすかな自負もあるのです。
1929年に始まったアメリカの経済大不況の時期を恐慌時代=デプレッションといい、不思議なことに、不景気にもかかわらず、たくさんのすばらしいガラス製品が作られました。
そして、それらを総称して、ディプレッションガラスといいます。今、皆さんがアンティーク屋さんで目にする古いアメリカのガラス製品の多くはこの時代のものです。
「ホブネイル」とは、靴底などに打つ頭の大きな鋲のこと。その鋲の頭のようにぽこぽこと丸い出っ張りがあるミルクガラスは、アメリカのディプレッションガラスの代表的なものの一つでしょう。
ランプ、キャンドルスタンド、カップアンドソサー、花瓶、キャンディ入れなど、実に種類が豊富です。
このランプは、店をやっていたとき、入荷時に割れてしまって、商品としては売れないため、私がもらって接着剤でつなげたものです。良く見ると修理の跡が見えるのですが、なんだか愛着があります。
ただ一つ難点は、このランプのサイズにあったシェードが、日本では見つからないのです。写真でもわかるように、ソケットの下部が少し見えています。ソケットをきちんと隠すのが(大きすぎてもダメですが)正しいシェードのサイズです。
写真手前の扇型のものは花瓶です。でも実に生けにくい!!何度か花を生けてみたのですが、日本人の感性に会うようにはなかなかなりません。
花をどの方向から見ても美しく見えるようにする「四方見」が基本のアメリカ式の生け方でしたら、これも使えるかもしれませんが、なかなか私にはうまくつかいこなせません。
今は、お客様が来たときのナプキンスタンドに使っています。ペーパーナプキンの一番小さなサイズ(カクテルナプキン)でしたら、このスタンドにぴったりなのです。
薄いガラスにエッチングで花が描かれています。
これだけ華やかな模様付のグラスでしたら、普通はパーティ用だと思ってしまいますが、実は、メジャーリングカップなのです。写真では見にくいのですが、50オンス、100オンスと、目盛が付いています。
爪ではじくと、クリスタルガラスの特徴の、高い金属的な音がします。「クリスタルガラスの計量カップ」。いったい、どんな場所で、誰が、どんな液体を量るときに使ったものなのか、疑問が次々とわいてきます。
が、これを手に入れたお店のオーナーも「私もわからないわ」と、あいまいな顔で笑っていました。
今まで膨大な数のアンティークを見てきましたが、「いったいこれは何?」と思うものでも、聞いたり、調べたりで、最終的にはその用途や出所は何とかわかりました。でも、これだけはいまだにわかりません。
次回、イギリスに行くときに持って行って、私の師匠アン・リンガードさんに聞いてみたいと思っています。
椅子やテーブル、チェストなど、暮らしに必要な家具の一つに、私の場合はこのタオルレールがあります。本来はバスルームでタオルをかけておくものなので、こんな名前がついています。
いつもベッドの足元にあり、外出から戻って脱いだ、まだ生温かい洋服を、ひとまずここにかけて熱を取り、それからクローゼットにしまいます。
時には、ほんの数時間着ただけのシャツやブラウスをそのまま洗濯をするのは、少しもったいない気がするので、そんな時もここにかけておいて、翌日もう一度着用するようにしています。
店をやっているときに、沢山の種類のタオルレールを見てきましたが、なかなかぴったりのサイズがなく、結構長い間探していました。
イギリスの大きなアンティーク屋での買いつけの折、他のものと比べるとひときわ華奢なこのタオルレールを見つけて、「あ、我が家にぴったり!」だと思いました。
外国で家具を買うときは、大きなサイズのものはいくらでも見つかるのですが、日本の家のサイズに会う小振りのものを探すのは結構難しいのです。
ノット(knot)とよぶパイン材独特のふしを隠すために真っ黒に塗られていたペンキを落とした(英語でストリップオフといいます)あと、一度ばらして組み立てなおして、緩んでいたところを締めてもらい、私のものになりました。
それから 15 年、我が家の大事な家具の一つです。
長い間、外国から大量のアンティークを買い付けて来たので、時にはコンテナの中で壊れてしまったものもありました。
出来るだけ復元して、少しお値段を下げてお店には出すようにしてきましたが、さすがに写真のように、チュリーン(スープや温野菜を入れるふたつき容器)の本体が壊れて、ふただけ残ったものは店頭にはだせません。でも可愛げがあって、捨てられずにとって置きました。
偶然同じようなサイズ( 12 ~ 13 cm)のものがそろい、ああでもない、こうでもないといじっているうちに、飾り皿のように、プレートハンガーで壁にかけたら素敵と、ふとひらめいたのです。
でも小さい物たちなので、そのままではちまちまして、少し「ビンボウくさい」。思い切って3枚まとめて額の中に配置してみたら、なんともいえないよいバランスでまとまりました。
台紙に強力接着剤で貼り付けて、額縁は高さが欲しかったので、当時店にいた木工の得意なスタッフに作ってもらいました。
店のレジの後ろに飾っていたら、お客様からは「可愛い!」とか「アイデアが良い!」とか、いろいろ誉めていただきましたが、壊れ物の片割れということは一目瞭然。
雑誌の撮影などでは、スタイリストさんに気に入ってもらえて、何度も紙面上には登場したのですが、結局閉店までずっと店に居座っていました。
商品台帳上は、すでに破損で処理をしてあるので、店を閉めるときに、私が記念にもらって、今もキッチンの板壁に飾っています。
店をやっている間中、こういうユニークなアイデアが沢山身体の中から湧き出てきました。これがデポー39を魅力的な店にしていた大きな要因だったかもと、ほんの少しだけうぬぼれています。
玄関を入ってすぐの壁に5枚並べて飾ったボタニカルアート(植物画)。
アメリカでこれを見つけたとき、今まで見てきた緻密な色彩が施されたボタニカルアートとは違い、グリーン一色の素朴さに一目ぼれしました。
アンティーク屋の店主が言うには、1900年代初期の頃の学校教材だった大きなポスター状のものを切って、額装したそうです。ペッパー、シナモン、ジンジャーなど、スパイスの材料が描かれています。壁の面積にあわせて今回は横一列に並べましたが、天井が高ければ縦に一列に並べてもよいかもしれません。
外国の家の壁に、いろいろな絵や写真が飾ってあるのを、雑誌などで見たことがあると思います。沢山あってもうっとおしく感じないのは、飾り方にちょっとしたコツがあるからなのです。
そのコツとは、「ルールをきめて飾ること」。そのルールは自分できめてよいのです。何も考えないで無造作にかけてしまうと、雑然と見えてしまうのです。
ここでは同じ大きさの額なので、上のラインをそろえ、額と額の間を全て同じ間隔で空けるルールにしました。もし色々なサイズの額を並べるときには、額の中心点が一列になるような掛け方(ルール)をおすすめします。
マスキングテープを張り、その上に絵の中心点が来るようにすると、一人で沢山の額を掛けても、きちんとバランスが取れます。まとめて何枚かの絵や写真を固まりで掛けたいときは、例えば、額の上の線をそろえるとか、横の線が一列になるように配列するとか。勿論、絵と絵の間隔にも意識を持ってかけてください。
額の材質や絵の雰囲気が異なっていても、一つのルールに則っているので、乱雑感が出ないのです。これは冷蔵庫の扉にメモを貼り付けるときも、応用できます。
何枚かの絵を飾る前には、一度床の上に並べて、バランスを見てから壁に取り付けると失敗がありません。それでも不安なときは、額の大きさに新聞紙を切り、それを壁にテープで留めつけて配置の具合をチェックし、決まったら、その上から絵を留めつけ、最後に新聞紙とテープをはがします。
こうすれば誰にでも簡単に沢山の絵が「一人」でとめつけられるのです。
是非試してみてください。
これはイギリスの古い腰板(壁の下部 1 / 3 くらいまで覆う飾り板〕を使って、デポー39 で作ったコート掛けです。
20 年くらい前から、イギリスのアンティーク屋に、古いドアや窓、床板や瓦など、家を解体したときに出る建築材料が並ぶようになりました。ペンキがべたべたに塗ってあり、泥や油まみれで実に汚らしいのですが、なんともいえない味がありました。
買い付けを長く続けていると、「あれッ、こういう類のものは今までなかった」と思うものに遭遇します。私の言葉で言えば、「新しい流れの目」が出てきたのです。
アンティークのコート掛け(一般的にはフックとよびます)は、それまでも沢山売ってきました。昔、日本では、フックに洋服やバッグをかけるという習慣がなかったため、今まで日本になかった物、言い換えれば、ある時期のPCや携帯電話と同じように、日本人にとっては目新しい品物だったのです。でも、アンティークですから、一度に見つけられる数には限りがあります。それに値段も結構高いのです。
この腰板の幅がフックの板にぴったりだとひらめきました。同時に古い鉄の掛け具〔この部分が正式にはフックです〕も大量に買い集め、小山になった汚いままの腰板と一緒にコンテナで、日本に送りました。
コンテナが日本に到着し、この古材の山を目にしたときの、スタッフの嫌~な顔は忘れられません。一様に「何でこんなものを買ってきたのか?」という目をしていました。 一番若いスタッフと一緒に、たわしと洗剤で汚れを根気よくこすり落としたら、あらわれた木肌のなんとまあ味のあること。早速彼女にそれを使ってコート掛けを作るように指示しました。すぐに作っても作って追いつかないくらい、このコート掛けは売れました。
彼女は、最初は私から言われるままにつくっていたのですが、そのうちに「自分が作ったものが売れる喜び」に目覚めました。同じ材料で、ディスプレイ用のはしごを作ったり、小さな棚を作ったりと、次々にアイデアを出し始めました。そのどれもが、当時日本では珍しかったせいか、雑誌にも頻繁にとりあげられ、大きな反響をよびました。
古い建築材料の再利用を英語では「Reclamation」(リクラメーション)といいますが、当時はこの言葉が一般的ではなく、店を説明するときは「イギリスの古い建築材料を売る店」なんて、長い言葉が必要でした。
今では、イギリスに行くとReclamation専門の本が沢山あります。そして日本でも、若いセンスの良い人たちが、建築材料の一種として、古材を上手に使っているのを、雑誌などで見ることがよくあります。汚らしい腰板の山を目にしたときのスタッフの批判的な目が、今では懐かしく思い出されます。
「かぼちゃの種」のような形をした、薄紫色のこの可愛らしいびんは、1800 年代のアメリカの薬びんです。底は斜めで、立たせると少し不安定。
びんの中側は、薬品ですっかり腐食してしまい、洗ってもきれいにはなりません。まだガラスが充分に精製されていなかった時代のものです。
35 年以上前、私はマンハッタンの高層アパートからアメリカ生活を始めました。隣人は、イリノイ州出身のノーラとデイビスというご夫婦。アメリカンホスピタリティのかたまりのような親切な人たちでした。
アメリカに住み始めた最初の年のサンクスギビングの日。私が一人ではかわいそうといって、ノーラがニュージャージーに住む従姉妹の家でのお祝いに誘ってくれました。
その人は、足に障害が有り車椅子が必要でしたが、親から受け継いだ広大な敷地に立つ大きな屋敷に、一人で暮らしていました。私は、当時の拙い英語で聞きだした彼女の暮らしぶりに、大きなカルチャーショックを受けました。
一人で毅然と車椅子を操って暮らしている彼女の自立心にまず驚き、さらに、彼女の敷地の中には沢山の昔のガラス瓶が埋められていて、それを少しずつ掘り起こして、フェアで売っているということを聴き、ちょっと言葉を失いました。
目に見える範囲は全て彼女の土地という広さですから、何かが埋まっていてもおかしくはありませんが、それを掘り起こして売ったり、壁一面の大きなコレクションケースに加えたりするという話しは、当時の私には全く信じられないことでした。
こんびんはその人からもらったものです。当時は、まさか私がアンティークの仕事をするとは思ってもいなかったので、「ちょっと座りの悪いびん」なんてつぶやきながら、家に持ち帰りました。帰りの車の中で、「パンプキンシードボトル」「パンプキンシードボトル」と、発音の練習を兼ねて、口の中でこの可愛らしい音を転がしていました。
それから 8 年後、アンティークの仕事についてから、アメリカでこのびんを何度も目にするようになりました。そのたびに、彼女の広大な敷地から掘り起こされたビン類のコレクションを思いだすと同時に、「パンプキンシードボトル」と、なぜか口に出して発音してしまうのでした。
1930年代のイギリスの「型押しガラス」のケーキスタンドです。お母さんが毎日焼くケーキを食卓に乗せて出すときに使う、日常使いのケーキスタンドです。
型押しガラスの技術が発明されるまで、美しい模様のカットガラスは値段が高く(今でもそうですが)、貧しい庶民の人たちには手が出ませんでした。それでも人間は美しいものに憧れる。そんな欲望から、1920年頃にカットガラスを模した型押しガラスというものが出来たのです。
このケーキスタンドは、まだ技術が未熟だった初期の頃のものだと思います。模様のエッジ(ぎざぎざのところ)も甘く、ケーキ台の部分は斜めにすらなっています。いまだったらとても商品として世の中には出せません。でもこれを目にするたびに、日々の暮らしは貧しくても、美しい物に憧れる庶民の人たちの思いに、ちょっと心が切なくなります。
技術の発達とともに、1930年頃から大量の型押しガラスの製品が世の中に出回り始めました。毎朝のオレンジジュース用のピッチャー、花瓶、サラダボウル、クリーマー&シュガー、キャンディジャーなどなど。今イギリスのアンティーク屋さんで目にするガラス類は、殆どがこの時代のものが中心でしょう。
カットガラスは手に持ったときに少し痛い感じがしますが、型押しガラスが、手に優しく、またぽってりと厚みがあって(ガラスが精製されていなかった時代なので、強度を出すために、厚いものが多い)、古いものでありながら、惜しげなく毎日使いができるのがよいところです。
私はケーキを焼くことはないので、お客様が来たときにフルーツを乗せたり、プチケーキを並べたりして使っています。脚があって高さがでるので、少しだけ食卓が華やかになります。値段もそれ程高くなく、日本で脚付きのスタンドはなかなか手に入らないので、イギリスに旅をしたら、記念に買ってもよいかもしれません。
持って行った洋服などでしっかり梱包してスーツケースにいれれば、殆ど割れることは無いでしょう。
このキャビネットは、本来はブックケース(本箱)で、頭の部分の飾りも脚もなく、ただ四角の箱状のものでした。
20 年間ずっとオールドパインの家具を買い続けてきた、フェイギンアンティークスでの最後の買い付けのときでした。
全て仕事が終わり、書類が出来上がるのを待っている間、出された美味しい紅茶をのみながら、オーナーのクリスに、まもなく私はデポー39 を閉めて、完全にリタイヤすると、さりげなく伝えました。
すると、大男のクリスは、目も鼻も一点にぎゅっと集まってしまったかのような困惑の表情を浮かべ、しばらくは無言でしたが、「20年間、遠い日本から買い付けに来続けてくれて、本当に感謝している」と、イギリスの紳士らしい言葉をくれました。
「ヒサコは何も自分のものを買わないから、最後の記念に何か欲しいものがあれば言って」と、有難いお申し出です。そう、私は 20 年間、自分の為に海外でアンティークを買うことをしませんでした。店のために、自分の好きなものを大量に買い付ける作業を続けてゆくうちに、気がつけば個人の所有欲が全くなくなってしまったのです。
そこには、仕事で来ているのだから...と、公私混同をしないように、自分を厳しく律していたこともあるかもしれません。
最後に一つくらい、自分へのご褒美をもらってもいいかな、という気になりました。
そして、選んだのがこのブックケースです。カーブドレッグという丸い脚と、上部にはクラウンをつけて欲しいと伝えて、日本に戻りました。そして2ヵ月後、仕事用のコンテナとは別に送られてきたのが、少し女性っぽく変身した、このガラス付キャビネットです。
このキャビネットは今、食器棚として、とても重宝しています。中には、和食器、洋食器、ガラスなどが入れてあり、少し雑然としています。それを隠すように薄い白生地を裏側に留めつけました。布の上下をグシ縫いでギャザーを寄せて、画鋲で留めつけただけです。中ほどのギャザーの部分は、頭の大きい画鋲を使って、中央に布を寄せると、洒落た感じがでました。
数年前、身辺を大幅に整理して、食器も大量に処分しました。
今はこの中に納まるだけの数で充分暮らしてゆけます。



























